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| ■OB訪問 |
◆ (有)中島セイコー堂 中嶋 真理子様 |
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[2008年3月31日(月)更新] |
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今回は、これまでのOB訪問ではおそらく初めてではないかと思われます、紅一点、女性OBの(有)中島セイコー堂 中嶋真理子OBを訪ねました。
それもそのはず、実は名簿を遡ってみると掲載されている女性のOBさんは天野OBと中嶋OBのお二人だけなんです。 今でこそ現役女性会員も増えてはいますが、中嶋OBが活動されていた頃は、それが示すとおりほぼ男性が占める組織であったようです。 そんな青年部の中にいらっしゃったことで、女性ならではのいろいろな経験やご苦労などがあったのではと思い、そのあたりをお聞きできればと伺いましたが、意外なお話が聞けました。 ●早速ですが、青年部活動での思い出は・・・ その当時、ほんとに元気のいいメンバーが揃った世代でしたが、その中で主な動きをしていた女性は3名いました。男性が多くを占める中で委員長など役職も経験させてもらいました。 印象に残っているのは、ちょうど連携委員会ができた頃かなと思いますが、夢みなと博が開催されてその中でイベントを行ったことがありました。その時は夏真っ盛りで、スタミナありそうな男性もダウンしてしまうほど大変だったことが今でも焼きついていますねぇ。 他にも、そんなこんな、いろいろな経験をさせてもらいましたが、振り返ってみると、普段では接する機会のほとんど無い異業種の人と接することができたことは貴重な経験だったと思います。 青年部という組織の中にいろいろな人がいて、様々な考え方やものの決め方、「へぇ〜」とか「はぁ〜」とか感心するようなこと、女性には声がかからない飲み会のこと、異国の地(韓国)で「そんなこと女性に頼むなよ!」というようなお遣いを頼まれたこと、その他武勇伝の数々…、などなど、今の仕事や生活にも何かと生きているように感じます。 ●ということは、女性ならではの苦労などもさぞかし多かったのでは・・・ その時はきっとつらかったこともあったんじゃないかと思いますが、今、思い浮かばないということは、結局当時も特に感じてなかったのではと思います。かえって委員会の配置など男性の方がいろいろと苦労したんじゃないかな?と思います。女性が少ない分、特別な存在でむしろラッキーなくらいでしたね。 ●現役会員へメッセージをいただけますか・・・ 業種や年齢など様々な集まりだけど、青年部での活動はほんといい経験になります。活動しながら女性から男性を見てその行動や考え方など「男性ってこうなんだよなぁ」と感じてほしいですね。 もちろん逆も然りです。活動の中では、普段の雰囲気とは違う「仕事モード」の顔がチラッと見えることもあり「へらへら遊んでいるばっかりじゃないんだ」と刺激にもなりますからね。 後は、とにかく「今を楽しむこと」です。 名簿に載っている今の現役女性会員を眺めなら「今はみんなきれいな人ばっかりだがん!(決してお世辞ではないですよ)」と感嘆されていましたが、歴戦のつわものOBさんたちに囲まれながら過ごしてこられた中嶋OBは、どこかお茶目な雰囲気も持ちながら、少々のことでは動じることの無い落ち着いた雰囲気をお持ちの素敵な方でした。 また、取材した日は米子しんまち2階にある「時宝館byセイコー堂」の店舗フロアを拡げておられる最中でした。ここには山陰には先駆けて新しいコンセプトのお店ができるとのことでしたので、ちょっとPRを… ≪「re-Styling 時宝館 byセイコー堂」新規オープン!!≫ 指輪やネックレスなど、サンプルを基にイージーオーダーみたいな感覚で一つしかないオリジナリティあふれるアクセサリーをご提案できる“コンシェルジュスペース”が誕生します。 大切な方への贈りものや自分好みのアクセサリーをお探しの際は、気軽に立ち寄ってみてください!! ■掲載者/取材者 H19度総務委員会 坪倉・冨田 |

◆潟Gス・アイ・シー 伊澤 衛 様/ |
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[2008年2月3日(日)更新] |
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今回は、潟Gス・アイ・シー代表取締役社長の 伊澤 衛 様を訪問させていただきました。
昨年6月に社長に就任され、始めての正月を迎えた忙しい中の貴重なお時間を頂きましたが、予想通り(?)話が盛り上がりつい長居になってしまいました。 昔の活動の話から行きつけの店のボトルの話まで(詳しくはお伝えできませんが…)盛り上がった話の・・・ほんの一部ですが、まとめてみました。 ●青年部活動での思い出は・・・ 「俺がこの委員会を出るときは青年部を辞める時だ!」との主張が通ったのか、59年の入会以来、一貫して企画広報委員会に所属していました。その5年目に米子で中国ブロック大会が行われることになり、なんとしても成功させる為、中国地方各地にキャラバンに出かけました。 この時、山口の下関や山陽町のYEGと意気投合し、動員に協力いただいた中ブロ開催後も「カニ・フク合戦」と称してゴルフなどを通して相互交流を深めるなど、各地に人のつながりを作ることができたのは青年部に所属していたからこそできたことで今でも思い出深いですね。 この時は、各地で精力的に動員要請をお願いしたこともあり、通常250人程度の参加者のところ、このときは400人の登録を頂き大成功を収めることができたそうです。 「米子に来たからにはおもしろく」との思いで、JTBに掛け合ってゴルフのホールインワン賞(ハワイ旅行)を設定する交渉をされたお話し(「どうせ出らんけん」とのことで交渉されたそうですが)などもお聞きしました。 そしてさらにこんなエピソードもお話しいただきました。 この頃は活動予算が限られていて、やりくりも工夫が必要でした。この時、ちょっとしたことで予算の中からはじき出した“へそくり”を作っていたそうですが、それはごく一部の人しか知りませんでした。 その存在を、開催直前の理事会まで秘密にしていたのですが、その時、このお金は後輩が何か大きな活動をしたいと思い立った時に積み立てておくことを提案したんですよ。 すごい話だなぁとは思いましたが、これから活動していく後輩たちへの思いがしっかり受け継がれ、米子で全国大会を開催するという力になっていったのかなと感じました。 ●青年部活動で経験してほしいことは・・・ 同年代でのコミュニティ形成はもちろん、エリアの動きなどの情報交流を行う場としてどんどん活用して欲しいですね。この地域に住む人はみんなこの地域で生きていくのには変わりないんです。 それなら、地域の発展のイメージを持ちながら活動できる“青年部”という組織にいることをどんどん活用すべきだと思いますよ。 飲みの席などでも10の内1でいいからこの地域について真剣に意見を聞き、語る場面を作っていくことも大切だと思います(後は飲んで騒いで楽しんだとしても、ね)。 ●現役会員へメッセージを・・・ もっとOBを頼ってもいいのではと思いますね。 何かお願いするにしてもそうだし、活動に対するヒントも得るのもそうだし。年は離れていたとしても同じ会に所属しているんですから。 「後輩で〜す」といってこられたら、無下には扱えないからねぇ。これには一番弱いですよ(笑)。 それと、OBとの交流も大切だと思います。「現役が何をやりたいのか」の意図が見えづらいときがあります。 ほとんど4月の総会だけしかないので交流を増やしていくことも必要だと思うし、その総会の時にしてももっと積極的に普段話できないようなOBとは交流した方がいいと思いますよ。あの時は、ほんと“宝の山”ですから! 社長とはいえ非常に気さくな方で、青年部に在籍の頃も周りに気を配りつつも場を楽しく盛り上げる“おもてなし”の心をもって活動されていたんだなぁということが、昔のエピソードなどからも垣間見ることができました。 そして、取材を終えると、帰社されていた戸田OBにお会いすることもできました。 ということで、戸田OBにも一言!! 「みんな、飲んどるかぁ〜!!」 取材者 総務委員会 坪倉・冨田/2008.01.17取材 ■掲載者/19度総務委員会 |

◆兜ト子高島屋 阿部 啓三様 |
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[2007年12月8日(土)更新] |
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今回は、11月24日(土)のイベントでもお世話になる、兜ト子高島屋 取締役副店長兼総務部長 阿部 啓三 様を訪問させていただきました。
「卒業して10年以上経っても、青年部のことは気になるんだよなぁ」と言う言葉から、当時の活動のことや、後輩に対してのメッセージなどお話し頂きました。 ー青年部活動での思い出は・・・ー 現役で活動していた頃(S61年〜H5年)の青年部の悲願は、大きく「コンベンションセンターの誘致」と「全国大会の誘致」の2つがありました。 米子は鳥取大学医学部という“財産”をもちながら、当地で行われる学会等は当時ほとんど松江で開催されていました。これは米子にとっては問題だと感じ、人が集うことで地域の経済が生きてくるとの思いから、人が集う拠点としてのコンベンションセンターの誘致に積極的に取り組みましたね。 この頃は、将来的に中海圏各都市が機能分担していくというビジョンの中、県境越えた中核合併もテーマになっていて、安来との間を結ぶ中海大橋を見立てたイベントや、トライアスロン、がいな祭りの花火などを通して若手経済人団体との連携を図っていく流れもこの頃立ち上がったんです。 そういった流れの中、コンベンションセンターの誘致を実現できたことは大変思い出深いですね。 それと、卒業後ですが、全国大会の誘致を実現したことも印象深いですね。これは、青年部発足時以来の悲願だったので、全国大会の時にはOBとしてもろ手を上げて協力できました。 ー青年部活動で経験してほしいことは・・・ー 私が青年部に入ったときの目的は、「仲間とのネットワーク作り」。ここで築いたネットワークからアドバイスや情報を得る事ができ、今になっても自分にとってこれが一番の財産になっています。 これを築くにはとにかく委員会・例会など、活動に出席すること!これは自分への投資でもあり、昼も夜も(!?)やるならとことん活動してほしいですね。 また、自分もそうだったが、人の動かし方・自分の思いを実現する為のシミュレーションが青年部活動の中で体験することができるのは非常に大きいことでした。 青年部の活動の中では少々の失敗はたいした問題ではなく、まさに自己研鑽の場としてはうってつけな場所だと思うんです。 会社のオーナーや責任ある立場に置かれてからは失敗することはできないですからね。 若いうちだからできる事なので、とにかくやってみる思い切りは持ってもらいたいですね。なので入会した以上、最低でも委員長は経験するべきだと思います。 ー現在後輩として問義明君を会員として輩出されていらっしゃいますが一言ありましたら・・・ー まじめにこなしてくれていると思いますよ。 彼が入会する際、自分が作ってきたネットワークにはない、30代・40代のネットワークを作ってほしいと願って送り出しました。 彼にとってはそれが後で必ず生きてくるはずですから。 いずれはお店を背負ってくれる存在になってほしいと思っています。 ー最後に現役会員へメッセージを・・・ー 入会した以上、1つでもいいので青年部活動に対する“目的”をもって活動してほしいと思います。 それと、最低委員長は経験するくらいのつもりで活動してほしいですね。 しかし、その頃に形を作ったしきたりは10何年経っても変わってないんだなぁ。昼も夜も(笑)。 ■掲載者/総務委員会 坪倉・冨田 |

◆褐K本建築設計事務所 松山 久 様 |
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[2007年9月20日(木)更新] |
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今回は、褐K本建築設計事務所 代表取締役 松山 久 様を訪問させていただきました。
青年部活動での思い出は・・・ 平成3年の入会で、平成8年には卒業でしたので、実質5年間の活動しかありませんでした。しかし折角入会したからには頑張って活動しようと、充実した5年間を過ごしたと思います。 中国ブロック大会米子大会では、懇親会時のビンゴゲームがあったのですが、ビンゴカードがなかなか売れず泣く泣く買取りをしたところ、買取りをしたカードがことごとく当り高価な景品を独り占めしてしまった思い出があります。(クリスマス家族会のラキーカムカム状態?) 平成7年には中核都市を目指し、30万人都市を目標に市町村合併の聞き取り調査を行い、各市町村を回らせてもらったことがとても大きな思い出となっています。 また「ひとの集う、まちづくり」に必要なコンベンションの誘致場所を、日吉津にするのか駅前にするのかの議論でかなり時間を費やしたという思い出があります。 当時は夜に委員会を開催する事が多く、酒の勢いもあったかもしれませんが活発な意見が多く出ていたように思います。 酒の話が出た所で・・・松山OBはお酒に凝っておられるとか・・・ 仲の良い人達と「迷酒会」という会をつくっていまして、自分達で田植えから始めオリジナルの酒を作り皆で楽しんだり、日本全国の隠れたお酒を探し出し皆で味わったりしています。全国各地のお酒を楽しんでいるうちに、秘蔵のお酒銘柄リストは約200種類にもなってきました。(自分に合うお酒を探している方は松山OBに相談してみては?) 現在後輩として高田誠一郎君を会員として輩出されていらっしゃいますが一言ありましたら・・・ 高田君だけにではないですが、会社の代表として青年部に出ているのですから、目的意識をしっかり持って活動してもらいたい。また活動には率先して出席をし、多くの人達と出会い人脈を広げてもらいたい。仕事もそうですが、人生においても色々な事に興味を持つ事が大事だと思います。 終始笑顔で私たちにお話しをしてくださいました松山OB、大変ありがとうございました。 今後も御身をご自愛され、ますますのご活躍をお祈りしております。 ※取材者 総務委員会 坪倉・冨田 ■掲載者/総務委員会 |

◆ケイケイサービス有限会社 金田 隆行 様 |
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[2006年5月23日(火)更新] |
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今回は ケイケイサービス有限会社 専務取締役 金田隆行OBを訪問させていただきました。
青年部の思い出は・・・・ 第一回からのチャーターメンバーで、初代加藤会長(当時代表理事)とともに全国大会誘致運動でいろいろな県を訪問したことを思い出します。 そして、米子商店街の活性化やトライアスロン、がいな祭りの花火の見張りも泊りがけでしてましたね。 とても楽しい思い出です。 ご趣味は・・・ 小学校のミニバスの指導に燃えています。昨年はとてもいい成績をおさめ、子供たちも保護者のみなさんも一緒になって喜びました。子供たちのがんばる姿をみていると日頃の疲れも吹っ飛んでしまいますよ。 会社PRをお願いします。 米子市皆生にある かんぽの宿 皆生では豊富な日本海の幸をふんだんに取り入れた料理がたいへんご好評いただいております。 美味しい料理と温泉で、ゆったりとしたひとときをお過ごしください。みなさまのお越しをお待ちいたしております。 ■掲載者/ |

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